須磨の句碑 子規・須磨寺   *

 須磨保養院
   写真中央・須磨浦公園の「みどりの塔」の辺りに
   ありましたが、現在は取り壊されて実在していません。

 正岡子規(1867-1902年)は、日清戦争に記者として従軍、
   その帰国船中で喀血、神戸病院(現下山手8丁目)で
   手術を受け、明治28(1895)年7月から約1ヶ月間、
   「須磨保養院」で肺結核療養生活を送りました。
   子規28才の時のことでした。

                       
 須磨寺仁王門をくぐってすぐ左に、正岡子規の
   句碑が建っています(正岡子規33年忌に弟子が建立)。
       暁や 白帆過ぎ行く 蚊帳の外  子規
 須磨保養院での子規の療養生活は楽しかったらしく、
   高浜虚子が「居士は再生の悦びに充ち満ちていた」と
   記すほどでした。
   子規は不治の病に侵されはじめていましたが、俳句の
   革新、文学への熱い思いを胸に育みそだてていました。
 上掲の句は、暁の海、澄み切った空気の中を行く帆の白が
   鮮明で、俳句雑誌『ホトトギス』創刊(1897年)を予感させる
   かのような句です。
 俳子の添え句
        夏燕 風まで青き 須磨の浦  俳子

                            
         須磨の句碑 子規・現光寺

 須磨・現光寺境内にも正岡子規の句碑があります。

 現光寺は「源氏物語」の物語の主人公光源氏の住居跡と
  伝えられ、もとは「源光寺」、「源氏寺」ともよばれています。

     住所:神戸市須磨区須磨寺町 1-1-6  
     電話:078-731-9090
     アクセス:山陽電鉄「須磨駅」から東へ徒歩約 5分

                                  
 須磨・現光寺の正岡子規句碑
       読みさして 月が出るなり 須磨の巻   子規
 芭蕉もこの地を訪ね、
  見渡せば ながむれば見れば 須磨の秋の句を詠みました。
 上掲の子規句碑は、この芭蕉句碑のそばに建っています。
    子規が「読みさして」いるのは、この場合、
    「源氏物語」と考えるのが妥当でしょう。 

 俳句は、それが詠まれる地の歴史・文化と、その風景の
    交差するところに創作される文学で、
    上掲の子規の句は、子規の文学的素養がいかなる
    ところにあるかを窺わせる句といえます。
 俳子の添え句
       星芒の かすみて月の 輝ける   俳子

                            
       須磨の句碑 子規 & 虚子・須磨浦公園

 須磨浦公園

   上掲の須磨保養院があった所から、松林(写真)を抜けて
   西に行くと、山陽「須磨浦公園」駅前に出ます。
   そこから更に須磨観光ハウスに至る坂道を
   300mほど西進すると、
   子規・虚子の師弟句碑があります。

                            
 子規・虚子句碑
      ことづてよ 須磨の浦わに 晝寝すと   子規
      月を思い 人を思ひて 須磨にあり   虚子
 子規・虚子の師弟の情誼に感激した
    元県会議員・酒井一雄氏が1953年建立。
    碑面の字はそれぞれが直筆したものです。
 子規の句は東帰する虚子に託した句で、東京の句友たちに、
    子規の病気回復具合を軽妙に伝えています。
 虚子の句は子規50年忌に際して作句したもので、子規を
    思い慕う虚子の心情をなんの衒いもなく表現しています。
 近代俳句の興隆を担った両巨匠の秀句といえます。
 俳子の添え句(パチリ句)
       花を愛で 人を偲びて 須磨行脚   俳子

     須 磨 ・ 句 碑 め ぐ り の 旅


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