福原京跡と兵庫津の道を訪ねて


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    一の谷の迷路
  ・神戸観光名所歳時記 福原京跡と兵庫津の道
          写 真 集 < 塩 屋 か ら 平 家 須 磨 砦 へ の 道T >  *



須磨開戦の地・塩屋口(西城戸)がどうなっているか、
   次に見てみましょう。

左写真は垂水区塩屋町1から見た旗振山・鉢伏山。

旗振山の標高は 252m、鉢伏山の標高は 246m。
   鉢伏山から須磨浦の海までの距離は、
   最も近いところで 750mです。


                                                       
左写真は垂水区塩屋町2。
   鉄柵の向こう側を山陽電車が走り、
   写真の右端を国道2号線とJR山陽本線が通っています。  

鉢伏山・旗振山の南斜面は超急峻で、しかも、海がすぐ近くに迫っていて、
   塩屋から須磨区一ノ谷5にかけての海岸線には、
   広い所でも100m足らずの幅しかない隘路が
   約 2kmにわたって続いていて、
   義経の時代には、この地は越すに越されぬ難所でした。

この長大な隘路沿いに塩屋から須磨へと攻めこむのは、
   兵力が圧倒的に優っていなければ無理だったろうと推測されます。


                                               
旗振山の西南側斜面を見てみましょう。
   旗振山の西南側斜面は、南側斜面に比べると、少し緩やかです。

左写真は、山陽電車「塩屋」駅のプラットホームから見た旗振山の西南側斜面。
   写真中央・やや左寄りにある白壁・赤屋根の建物群が
   塩屋住宅アパート(塩屋町3)。

塩屋住宅アパート群は、
   山陽電車「塩屋」駅の北北西 600m先にあって、
   そこから更に少し北に行った所に
   「源平合戦戦歿者供養塔(源平塚)」があります。
この「供養塔)」は、
   塩屋口の戦いを理解するのに重要な史蹟です。
   行ってみることにしましょう。


                                                 

左写真は、塩屋谷川。
   川の左側(西側)はジェームス山の高台。
   旗振山は川の右側(東側)にあります。

塩屋谷川の源流は近くの奥須磨公園で、
   塩屋谷川の流れは緩やかですが、
   両岸すぐに山が迫っていて、塩屋谷川下流の谷は深くなっています。

この塩屋谷川沿いの狭い道を北上して…、


                                                    



塩屋保育園(垂水区塩屋町3丁目23-1)の前の急な坂を登って…、

左写真は塩屋保育園(標高 26m)前の坂。
   写真の向こう正面がジェームス山。
   その手前の低地を塩屋谷川が流れています。


                                                     




塩屋保育園前の坂しばらく行くと、塩屋住宅アパート群があって、
   塩屋住宅の周囲を反時計回りに進むと、
   「六甲全山縦走路」の木の標識が立っている
   坂があります(左写真)。


                                                        





この「旧・六甲全山縦走路」入口の坂の少し先に
   塩屋 山王神社があります。

山王神社(標高 54m)の住所は、神戸市垂水区塩屋町4-14 -7 です。   


                                                





 左写真は、山王神社の一角に建てられた
   「源平合戦戦歿者供養塔」案内板。


                                                           



「源平合戦戦歿者供養塔」(標高 63m)は、
   神戸少年の家(垂水区塩屋町字梅木谷720)の
   グランドの奥にある小高い山の中にあります。

敷地内に鳥居などの神社施設はなく、
   案内板がなければ見つけることができないような
   目立たぬ場所でした。


                                                               



源平合戦戦歿者供養塔に行く途中の薮の中に
   小さな祠があり、亀光大明神が祀られていました。

昔、塩屋の浜に一畳ほどの大きさの海亀が現れ、
   それを山に上げて祀ったという伝説に由来する祠で、
   亀山塚とも呼ばれています。


                                                    





「源平合戦戦歿者供養塔」の地には、
    左写真のように五輪塔が建っています。
    五輪塔は大小合わせて 18基あり、
    供養塔の回りには花が供えられていました。 


                                                            
五輪塔のそばに建っている案内板。

案内板によると、
   「塩屋の地は城の内外の激しい戦いの中心に
    なって 多くの戦歿者がで」て、
   「それらの人達を…此処に葬り
    又其の後供養塔を建立」したとあります。
「源平合戦戦歿者供養塔」の近くで、
   激しい戦闘が行われ、多くの戦死者がでたようです。

この「源平合戦戦歿者供養塔」の地がどうなって
   いるか ?  もう少し詳しく見てみることにしましょう。

                 
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