<旧居留地十五番館・企業家と街づくり>考   *
     <旧居留地十五番館の歴史 1 >



 明治13年(1880年)頃に建設され、
   最初の10年間はアメリカ領事館として使用された。

 その後いくつかの企業が入れ替わり、
   昭和41年(1966年)より(株)ノザワが所有。

 旧居留地に現存する唯一の商館であることから、
   平成元年(1989年)に重要文化財の指定を受け、
   平成2年(1990年)から保存修理工事を開始。
 保存修理工事完了後は、中華料理店としてオープン。


 (左写真は旧居留地十五番館2階バルコニー)


                                       
   <旧居留地十五番館の歴史 2 >

 平成7年(1995年)に発生した
            阪神・淡路大震災により全壊。
 「構造材の50%が使用可能であれば重要文化財として
   再度指定(文化庁の調査官)」するとされたことから、
   国・県・市からの補助を受けて、
   同年12月より復旧工事を開始。
 倒壊前の部材70%を使用し、
   徹底した耐震工事をほどこして、
   平成10年(1998年)、修復を完了。
   (美術品の修復に近い緻密な作業だった)。
 修復再建後はカフェ&レストランとして開業、
   現在に至る。
 参考サイト:日本の近代遺産50選 >
             35 旧神戸居留地十五番館
 (左写真は、旧居留地15番館の西隣の広場にある
      山口克昭作「おしくらまんじゅう」という彫刻)


                                                   




 旧居留地十五番館は、
   昭和41年(1966年)より(株)ノザワが所有。

 阪神・淡路大震災により全壊した重要文化財を
   修復するのに要した総工費は 8億円。
   国・県・市からの補助を受けたにしても、
   ひとつの企業がこの修復作業のほとんどの
   経費を賄ったのだとしたら、
   これは尋常なことではありません。


 (左写真は、旧居留地十五番館の北隣に建つ
        総ガラス張りの(株)ノザワ本社ビル)


                                         


 旧居留地十五番館のなにがそうさせたのか ?
  その答えとして、ふたつを考えてみました。

   (1) 築130年の重み
   (2) 自分を育ててくれた街・神戸への愛着

 (株)ノザワと幣サイトとは
   地縁・血縁・金縁まるでなく、
   インタビューはおろか、会ったこともなく、
   これからも無縁のまま…、
   よって以下の記述も、
   (株)ノザワ未承認のものということになります。


 (左写真は、(株)ノザワの正門玄関)


                                           


      <築130年の重み>

 130年も生き続けていると、
   建物にもいろいろなことが起こります。
 旧居留地十五番館には、
   太平洋戦争末期の神戸大空襲と、
   阪神・淡路大震災の二度、
   存亡の危機がありました。
 十五番館には、激動の時代を際どく
   生き延びたものだけが持つことを許された
   「歴史の重み」というがあります。


 (左写真は、旧居留地十五番館の前にある
            旧居留地下水道公開施設)


                                            





 明治5年(1872)ごろ造られた
           日本最古の西洋式下水道。

   イギリス人のJ.W.ハートによって設計・施工された、
   レンガ造りの卵形をした下水管で
   登録有形文化財。
   現在、展示されているものは「阪神大震災」で
   被災し、復原されたもの。

 このレンガ造り下水道の一部は、
   140年近くたった今でも、
   現役の雨水管として使用されています。


                              








 筆者が幼少の頃(今から半世紀前)、筆者のふるさと
   ・広島には近代的な下水道がありませんでした。
   路地道に入ると、道の端に、幅狭くして浅い
   排水溝があって、雨水だけでなく、生活排水も
   流れこみ、底には黒いヘドロがたまって、
   夥しい数のボウフラ(蚊の幼虫)がわいていました。

 それより 90年前に、神戸居留地には、
   左写真のような近代的な下水道あったのです !


                                      
      <洗練された文化の重み>

  十五番館の暖炉の枠金物はニューヨーク製で、
    炉前床タイルはイギリス製。
    柱にはギリシャ・ローマの様式が取り入れられ
    ていて、しかもジャパニーズ木製…。

  十五番館には古今東西の文化の粋が集められ、
    神戸居留地文化がいっぱい詰まっています。

  十五番館は、日本がまだ世界に開かれていた
    古き良き時代の象徴的建造物であったから、
    世界を敵にまわして戦った戦争末期にも
    大空襲の標的にされずに、戦禍から逃れえたし、
    戦火をくぐりぬけた歴史的遺産だったから、
    大震災のときに壊滅的打撃を受けても、
    見事に再生しえたのではないでしょうか。


                                      

    <神戸への愛着>

 個人もそうだろうけれど、企業もまた、自らを育み
   育ててくれた産土(うぶすな)を持っています。
 産土の地が文化を重んじ、豊かな文化を育てていれば、
   そこに住む個人も、そこに基盤をもつ企業も、
   その恩恵を受けるのではないでしょうか。

 企業が世界に受け入れられるのは、
   その企業が造り出す製品が、
   世界中の多くの人たちに愛用される
   普遍的な価値をもっているからであって、
   その普遍性と「産土の文化」とは
   密接な関連性がある、と思います。

 (左写真は(株)ノザワ全景)


                                           
 神戸は山が海に迫っていて、狭き土地柄であった
   ために、内需拡大型の都市たりえず、海外との
   交易に、その活路を見出すほかありませんでした。
 神戸は海の外に出て行くことで、世界中の異質な
   文化に接し、その積み重ねの中で、多様性・受容
   性に富んだ独自の日本文化を育ててきました。
 その中核を担い続けた旧居留地を産土とする企業が、
   その「産土の文化」への恩返しとして旧居留地
   十五番館の修復を行った、のではないでしょうか。

 旧居留地十五番館でフレンチを食べるということは、
    腕のいいコックが作った料理を
    ただ食べるということではありません。
    熟成された130年の歴史・文化の厚みの中で、
    心豊かに食を楽しむ、ということなのでは
    ないでしょうか。

      早春や レトロモダンの 似合ふ街  俳子

                                                           
                             本稿は2009年3月に執筆、2009年10月に一部加筆しました。
                            
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